【キングダム】信のモデルは実在したのか?そして負け知らずだったのか?史実を見てみました!

中国の春秋戦国時代を舞台に、大将軍を目指す主人公の『信(しん)』と後の始皇帝となる秦国の若き王『嬴政(えいせい)』の活躍を描いたキングダム!

今や国民的人気漫画となったキングダムは、中国の春秋戦国時代の史実に原先生オリジナルの要素を加えた作品です。

そしてキングダムの主人公といえば、信(しん)ですね。

信は奴隷だった頃から、天下の大将軍になることを夢見て鍛錬を積んできました。

今回は、その信の実在のモデルは存在するのか?をお伝えします。

【キングダム】信のプロフィールを見てみました!

もともと、信は戦争孤児の少年であり、下僕でしたが「天下の大将軍」を夢見て、同じ下僕である漂(ひょう)と剣術の修行を行っていました。

漂と信は「大将軍になる」という同じ夢を持ち、剣の修行を重ねてました。

修行内容は単純明快で、木刀で延々と試合をするというもの。

その試合の回数は1253戦にも及びました。

激しい試合を1000回超えて続けていた2人に、丁度そこを通りかかって見ていた昌文君も驚きを隠せませんでした。

戦歴は信が1253戦中332勝334敗587引き分けでした。

漂の死後、信は秦王・嬴政の信頼高い第一武将として活躍します。

今までの修行の成果と持ち前の身体能力で、初陣から大活躍を見せています。

自分よりも格上の相手にもひるむことなく攻撃を仕掛けて功をいくつも上げていく、その姿が将軍王騎に認められて『飛信隊(ひしんたい)』という隊の名前をもらいその隊長に任命されます。

また信の信念として、曲がったことが嫌いで、戦争で勝っても負けた国から略奪をしません

仲間であっても、略奪や姑息な真似をする人間には容赦はありません。

しかし、仲間思いの面もあり、仲間が危ない時は一番に駆けつけます。

その後も飛信隊の隊長として多くの戦場で功績を上げていき、早い段階で5千人将にまで上り詰めていきます。

使用する剣は、王騎の死の際に王騎将軍から大矛を貰い受け以後それを使いこなしています。

目覚ましい勢いで武功を立てていき、飛信隊の隊長として仲間からも慕われて活躍しています。

【キングダム】 信のモデルは李信?どんな人物だった?

信のモデルは、実在の人物の『李信』という人物だと言われています。

記録としては司馬遷の史記にしか記録が残っておらず、不明な点が多い謎の人物です。

史記から読み解くと、この人物は中国戦国時代末期の秦国の将軍として活躍しており、燕、代、斉を滅ぼして天下統一に貢献した人物です。

この人物は様々な功績を残しており、秦王である嬴政にも信頼されていたようです。

その理由は、楚征服戦で李信が20万の大軍を率いて征服戦に臨んだにもかかわらず大敗します。

しかし、秦王である嬴政は李信に罰を与えず、王翦と将軍を交代させただけでした。

この経緯から考えられるのは、李信は少しのミスではお咎めを受けないほど功績が大きい優れた将軍であったということですね。

信のモデルと言われる李信の功績はどんなものだった?

李信の有名な武功は紀元前226年、始皇帝の暗殺を目論んだ燕(えん)の太子である丹(たん)は、暗殺者として荊軻(けいか)を送ります。

それを知って怒った秦王・嬴政は、『王翦(おうせん)』『王賁(おうほん)』『李信』の3人を抜擢し、燕を攻めて都の薊(けい)を陥落させます。

その後、燕王の喜(き)と太子の丹は遼東(りょうとう)まで逃れます。

しかし李信は1000騎を率いて追撃し、太子である丹の首を斬りました

秦王暗殺の首謀者の首を斬ったことは大手柄です。

その後の戦いである、対楚戦では信が抜擢されました。

 

中国では主に有名な人物は『史記』という紀伝体の歴史書に名前や功績を綴られます。

しかし、李信という人物が存在したという記述は有りますが詳しく判明はしていない謎の多い人物です。

ちなみに、その『史記』で最初に書かれていた李信の活躍は、紀元前229年~紀元前228年の間の内容です。

キングダムでも登場する将軍・王翦(おうせん)が趙の大軍と接している間に、別動隊として太原・雲中に出征していた場面です。

『別働隊』ということは、キングダムにおいて信が『飛信隊』として動いていたということですがその前後の詳しい内容は書かれていません。

またそもそも『飛信隊』という隊の名前はどこにも無いので、これはキングダムのストーリー内での脚色のように思います。

李信は負けることも多かった

紀元前225年、秦は『韓』『趙』『魏』を滅ぼし、『燕』を滅亡寸前まで追い込んだ秦王・嬴政は『楚』を討つことを考え、王翦と李信を呼び『楚』を討つには幾らの兵力が必要かと聞きます。

その際に、王翦は「60万」と答え、李信は「20万もいれば楽勝」と言います。

実際キングダムの信のキャラから見て、本当に「楽勝!」と言ったということも考えられますね。

李信は秦王・嬴政暗殺の首謀者である太子の丹の首を討ったという功績から、李信と蒙恬(もうてん)を楚に向かわせます。

戦いの前半では、楚軍に大勝していた李信と蒙恬でした。

しかしそれは、楚の項燕(こうえん)の謀略に乗せられていたからでした。

 

最初からの大勝で油断をしていた李信と蒙恬を、楚の項燕は急襲します。

その結果、秦軍は大混乱に陥り敗北の一途をたどり、兵士の大半を失い7人の将校まで失う事になります

もはやどう考えても大敗としかいえない李信の隊。

 

そして、その後は王翦が60万の兵を率いて、項燕を撃破していきます。

そして楚王を捕えて楚を滅ぼしました。

この戦いでは、李信の手柄は前半は好戦したと言ってもやはり王翦に持って行かれたことになります。

キングダムでは信は連勝続きで、どんな強敵と戦っても勝ってきているイメージの強い信ですが、実際は負けも多いようです。

事実『史記』では、紀元前225年に李信の敗戦を記しています。

李信は斉を滅ぼした

楚での飛信隊の大敗後、李信は3年後にまた秦王・嬴政から出兵の命令を受けます。

紀元前222年、遼東に逃げていた燕王の喜を滅ぼしました。

さらに趙の王族で代(だい)に本拠地を置いていた代王の嘉(か)も滅ぼします。

これで完全に燕が滅亡しました。

そして翌年の紀元前221年、最後に残っていた『斉』への討伐軍に選ばれ、王賁、蒙恬、李信が進軍しました。

もう援軍を求める国もなく斉王は降伏し、ここに秦王・嬴政かねてからの念願であった『中華統一』が果たされました。

【キングダム】『信のモデル』のまとめ

キングダムの主人公、信のモデルは李信として実在していました。

史実では、李信は大将軍にまではなったが、その後はどういう最期を迎えたかは不明です。

一説には、李信の最期は虐殺されたともあります。

李信をモデルとしたキングダムの信は、負け知らずで誰に対しても強気に出る無鉄砲な人間です。

キングダムでは、どのような結末のシナリオでしょうか。

今後どうなっていくのか楽しみですね。

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