【鬼滅の刃】伊之助が泣く場面をもう一度見たくないですか?メンタル弱い部分をアップしました!

鬼滅の刃の猪頭(いのししあたま)の美少年伊之助!登場時の野性的な出で立ちと野太い声からは想像もつかない美形の顔が出てくるとは^^;伊之助は訳あって、赤ちゃんの頃から猪に育てられたので、人間としての感情面では内容によっては部分的に希薄なところもありましたね。しかし、炭治郎や善逸そして鬼殺隊の人々との心温まる交流から徐々に人としての感情が出てきました。しかし、短期間で周囲と同じように出来るようになるとは、、、凄まじい進歩に驚きを隠せません。今回は、そんな伊之助の感情面や謎の部分をピックアップしています。

【鬼滅の刃】 伊之助が泣く場面が健気(けなげ)です!

「弱気なこと言ってんじゃねぇ!!なれるかなれねぇかなんてくだらねぇこと言うんじゃねぇ!!信じると言われたならそれに応えること以外考えんじゃねぇ!!死んだ生き物は土に還るだけなんだよ!べそべそしたって戻ってきやしねぇんだよ!悔しくても泣くんじゃねえ!」

【鬼滅の刃】の無限列車編で、最後に後を託す言葉を残して、煉獄杏寿郎が死んで落ち込んでいる炭治郎に放った伊之助のセリフです。

普段の伊之助は自分中心で世間知らずなことを言ってますが、とても的を得た言葉で炭治郎を励ましていてかっこいいですよね!

実際は、自分も悲しく辛いはずなのに、こういうことを言う伊之助はピンチに慣れている本物の勇者ですね。

ここでグッときた読者は多いと思います。

【鬼滅の刃】伊之助の「弱くてごめんね」が可愛すぎる!

普段は猪突猛進(ちょとつもうしん)の伊之助

猪に育てられ、山の獣と闘ってきたゆえの粗暴さ仕方ない部分はあります。

いつも強気で粗暴な振る舞いが目立つ伊之助です。

日常的な常識にも欠けます。

傍若無人で、人の名前をいつまでも覚えずに感覚で呼び、いつも一緒にいる炭次郎や善逸の名前さえも正確に呼んだことはほとんどありません。

柱である富岡義勇(とみおかぎゆう)は『半々羽織』、悲鳴嶼 行冥(ひめじま ぎょうめい)は『玉じゃりじゃり・・』と呼んでいます。

また、伊之助の破天荒ぶりは、伊之助に付いている鎹鴉かすがいがらすへの態度もです。

鬼殺隊員は1人につき1羽ついている鎹鴉なので、もちろん伊之助にもついています。

しかし伊之助の鎹鴉は、本編には一度も出てきません。

その理由は、、、、

18回ほど伊之助に食べられそうになったため、隠れているから、、だそうです^^;

そんな伊之助なんですが、打たれ弱い面もあります。

那田蜘蛛山の戦いの時に、のどを潰されたせいなのか、勝てなかったことで落ち込んでいるのか、いつもは騒がしい伊之助がほとんどしゃべりません。

 

自分の弱さに打ちのめされてしまい、蝶屋敷のベッドで弱気になって発せられた言葉はこれです!

「ゴメンネ 弱クッテ」

伊之助可愛い^^

いつもの伊之助とはキャラクターが真逆なので炭治郎や善逸も驚いてます。

落ち込みまくる伊之助は、両側から炭次郎と善逸に励まされて、49話ではほぼいつもの伊之助に戻っていますが。。。

【鬼滅の刃】伊之助が被り物をいつも付けている理由は?

鬼滅の刃に登場する伊之助のトレ―ドマークといえば、何と言っても猪の被り物ですよね!

登場時からいつも被っていますが、なぜあんな猪の被り物を被っているのでしょうか?

素顔は美しいと評判の伊之助なので、これを被っているのはもったいないですよね。

そこで、どうして伊之助は、いつも猪の被り物をしているのかいくつかリサーチしてみました。

伊之助の猪の被り物は育ての親(母猪)の形見!

伊之助の育ての親は猪なんです。

もちろん伊之助は人間なので生みの親は人間ですが。

訳あって野生の猪に育てられました。

その”育ての親の母猪の頭が伊之助の被り物”のようです。

母猪が亡くなってからその毛皮を自分で加工して着用するようになったということですね。

しかし、母猪が亡くなったのは伊之助がまだ幼少の頃です。

どうやって加工して使えるようにしたのでしょうか?

一説には、現代の七不思議の一つであるナスカの地上絵やピラミッド等のように、未来人がやってきて作った物という考え方もできますが、、、^^;

伊之助は『山の王』という証として!

伊之助の育ての母猪は、どうやら山の主』だったようですね。

伊之助は自称山の王』と名乗っていますので、山の主の跡を受け継いでいるという気持ちからではないでしょうか。

その意思を受け継いでいるからこそ、猪の毛皮を離さずにずっと着用しているのかもしれません。

また、育ての親の母猪を尊敬していたり強い憧れを抱いている理由で、母猪の頭を被っているとも考えられます。

 

ちなみに、伊之助は鬼殺隊に入る前は”動物との力比べを生きがいにしていた”とのことです。

たしか、その山には伊之助に敵う動物がもう居ないという理由で、鬼殺隊や鬼の存在を知り、さらに強い者を探して力比べをするために山から出てきたという理由だったと思います。

伊之助は『自分より強そうな相手と闘って倒す』ということにこだわっていますが、『山の主』の後継者としてのプライドがそうさせるのかもしれませんね。

伊之助の表情や目線を敵から隠すため?

無限列車編の中で誰かが言ってましたが、伊之助は被り物をしているため、表情や目線が読み取られないということです。

被り物で顔を隠すと、こちらは顔の表情を伸び伸び出せるし、敵は表情を読み取って対応し難いです。

高度な戦闘であれば、目の動きや顔の表情でも動きが読めるとも言います。

戦闘慣れしていて、獣の勘とも闘ってきた伊之助ですから、その可能性もありますね。

血鬼術を扱う鬼の中には視覚に訴える術を操る鬼もいます。

それに対抗するために、伊之助なりの対策かもしれません。

 

また、伊之助は自分が泣いていることを他人に悟られないためにも使用していましたね。しかし、実際はバレていましたが^^;

この隠すという意味での使い方は、炭治郎の育手である鱗滝左近次(うろこだきさこんじ)さんも天狗のお面を常に被っていますね。

しかし、鱗滝左近次(うろこだきさこんじ)さんがお面を付けるようになった理由は『顔が優しいので鬼に馬鹿にされたから』でしたが、、、

【鬼滅の刃】童磨戦で伊之助は母を思い出した!

 

鬼舞辻無惨直属の十二鬼月の一人で、『上弦の弐』という数字を与えられている鬼である童磨。

普段は『万世極楽教』というカルト教の教祖をしています。

最初は『上弦の陸』でしたが、入れ代わりの血戦に勝って『上弦の弐』に昇格しました。

童磨には幼少期より、喜怒哀楽というような感情はありませんでした。

しかし頭が良かった童磨は、『万世極楽教』の跡取りとして、信者が訴える話を涙を流しながら聞いたり、伊之助の母である琴葉に対して笑顔で接したりしていました。

2枚の黄金に輝き蓮の模様が描かれた鉄扇と凍てつく血を使う血気術を繰り出す。

鉄扇そのものだけでも斬撃を放ち、切れ味は斬られた者が斬られたと気づかずにしばらく生存しているほどの威力を持つ。

 

無限城での闘いで、

童磨は伊之助の顔を見るなり、「見覚えがある顔だ」といいますが、伊之助は会ったことはないと言います。

記憶を見てみようと、頭に自分の指を突き刺して記憶を探る童磨。

 

15年前、赤ん坊を抱えた17,8歳の女の子が旦那の暴力に耐えかねて極楽教に逃げてきました。

その女の子と伊之助が同じ顔だったことから、童磨は「同じ顔だよ」と彼女の顔を見せて、彼女が伊之助の母だと話します。

 

でも伊之助は、自分を育てたのは猪であり自分に母親はいないと言って童磨に斬りかかります。

しかしその動揺もあってか、逆に斬られてしまう伊之助。

ただ、童磨は伊之助の母を喰らうつもりはなかったと言い、彼女はいつも「ゆびきりげんまん」の歌を歌っていたと伝えます。

「ゆびきりげんまん」と以前しのぶに言われた時、母を感じたことを思い出し、それをきっかけに伊之助に母の記憶が蘇ります。

伊之助の母は、感覚が鋭かったので童磨が信者を喰らっていることに気付き、赤ちゃんだった伊之助を抱いて寺院を飛び出したそうです。

森の中を走りますが、道に迷ってしまい、とうとう崖の上に出てしまいます。

童磨に追い詰められて、せめて伊之助だけでも助けようと、崖の上から無事を祈りながら伊之助を落とします。

そして伊之助の母は童磨に殺されてしまいました。

海に落ちて海岸に着くと、ちょうど我が子を亡くしたばかりの母猪が伊之助を拾って育てました。

 

ここで、この対戦相手の対比で気になったのは、

生まれ育った環境により、幼少期から喜怒哀楽のない童磨。
生まれ育った劣悪な環境で、幼少期の感情の糸が切れていたカナヲ。
幼少期より猪に育てられた為に、一般の人間の感覚がズレた伊之助。

なにか、似た者同士が闘っているように思います。

ただ伊之助とカナヲは、その後の良い仲間の存在で感情豊かに成長していきます。

しかし童磨も、しのぶを見て初めてときめき、感情というものを知りますが。

 

しかし、この場面のカナヲと伊之助の涙のシーンは感動ものです!!

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