【鬼滅の刃(きめつのやいば)】悲鳴嶼行冥の壮絶な過去を見てみました!

鬼滅の刃

悲鳴嶼行冥は、鬼殺隊最高位“柱”の中心を担う隊士です。“岩柱”の二つ名を持ちます。慈悲深いながらも、炭治郎や伊之助からは鬼殺隊最強と尊敬の念を集めています。今回はそんな悲鳴嶼行冥さんをリサーチしてみました!また『ebookjapan』には「楽読み」というプラウザで読める無料サービスがあります。データ容量を気にすることなく、中には丸ごと1冊無料で読めるものもありますのでお得に読みたい方にはオススメです!

【鬼滅の刃(きめつのやいば)】悲鳴嶼行冥の過去は?目は見えない?

鬼滅の刃 吾峠呼世晴/集英社より引用

悲鳴嶼行冥は初登場時から、目は瞳孔のない白眼で描かれている盲目の剣士です。

鬼殺隊に入る前は、とある山寺に住み盲人の身ながら孤児を引き取って育てて暮らしていました。

ある日、日が暮れる前に寺に戻るという言いつけを聞かなかった子供の一人が、鬼と山中で遭遇しました。
その子供は事もあろうに、自分が助かるために自身の身代わりとして悲鳴嶼行冥と寺の子供たちを差し出してしまいます。

鬼と取引したその子供は、夜になると普段は鬼がお堂の中に入ってこれないようにするために焚いていた鬼が嫌う藤の花のお香を消し、中に入れるよう手引きしました。

そして4人の子供がたちまち殺されます。

悲鳴嶼行冥は異変に気付いて、残る4人の子供を守ろうと必死になって自分の側を離れない様に言います。

しかし悲鳴嶼行冥の言葉に従ったのは、一番幼い沙代という女の子だけでした。

それ以外の子供達は悲鳴嶼の言葉を無視して、「目の見えぬ大人など当てにはならぬ」とばかりそれぞれに逃げ出した末に、鬼に喉を掻き切られて死んでしまいました。

そして最後に生き残ったのは、悲鳴嶼行冥と沙代だけでした。

が、そこで悲鳴嶼行冥は生まれて初めて『守る為に戦い』呼吸も何も使わないで、素手の力だけで鬼を殴り殺したことから初めて自分の強さを自覚します。

火事場の馬鹿力もあるでしょうが、今までそのような機会がなかっただけで、彼の中には恐るべき力が眠っていたのでした。

悲鳴嶼行冥はこうして初めて鬼を殺し、沙代だけは守り切りました。

しかし、事が全て終わり夜も明けた後に駆けつけた人々に、今まで悲鳴嶼行冥に守られていた沙代は無情にも、あの人は化け物。みんなあの人が、みんな殺したと証言したのです。

恐怖で錯乱しての言葉とはいえ、鬼の屍は太陽の光を浴びて塵となって消えており、子供達の惨殺死体だけが残されていたとあっては、悲鳴嶼行冥の弁明を信じる者など誰もいません。

子供たちを守ろうと戦った決死の行動は全て裏目に出てしまい、彼は死刑囚になって投獄されてしまいます。

そんな時に鬼殺隊のお館様である産屋敷耀哉に出会い、鬼殺隊に誘われると共に産屋敷耀哉の力によって死刑囚の身の上からも解放されます。

そしてその後、悲鳴嶼行冥はにまで上り詰めました。

 

なお、単行本16巻にて「沙代の話」として、彼女の真意が補足されています。

「あの人は化け物、みんな殺した」というのは寺に侵入した鬼を指しており、決して悲鳴嶼行冥が殺したなどとは思っていなかったとのことです。

しかし真犯人である鬼の死体は消滅し、幼い沙代はショックでまともに話せなくなってしまったため、駆け付けた大人は悲鳴嶼行冥が殺したかのように解釈してしまったのです。

沙代は十四歳になった今でも、不本意にも悲鳴嶼行冥に濡れ衣を着せてしまう形になってしまった事を悔いており、謝りたいと思っているのだと。

 

また、容姿や身につけている勾玉等の共通点から前々から疑われていたが、17巻にて寺に鬼を招き入れたのは善逸の兄弟子の獪岳である事が判明しました。

因みに獪岳はいいつけを破って夜に出歩いていたのではなく、寺の金を盗んだことを他の子供達に責め立てられ子供達に追い出されたというのが真相だそうです

子供達は悲鳴嶼行冥に聞かれた時に気を揉ませまいとしたのか、相談や報告もなく追い出した後ろめたさからか、「獪岳は寝ている」と嘘を付いたのです。

悲鳴嶼行冥は目が見えないこともあり、鬼に言われるまで獪岳がいない事に気づかなかったようです。

【鬼滅の刃(きめつのやいば)】悲鳴嶼行冥がかっこいい!

鬼滅の刃 吾峠呼世晴/集英社より引用

悲鳴嶼行冥は、実力のみならずの中で最年長・最古参であり、加えて信頼の置ける思慮深さを備えている事から、当主の産屋敷耀哉とは異なる形で曲者揃いの柱達をまとめています。

気性の荒い不死川実弥でさえ悲鳴嶼行冥には敬意を払い、敬語で接しています。

常に数珠を持って合掌し、周りの事柄に涙して念仏を唱えている姿は、誰よりも慈悲深く見えます。

煉獄杏寿郎の訃報が届けられた時には彼の側には炭治郎と同期の不死川玄弥が付き添っていました。

悲鳴嶼行冥の傍に玄弥がいたのは、悲鳴嶼行冥は玄弥が鬼食いをすることを見かね「弟子」という形にして修業をつけていたようです。

なお玄弥が修業のストレスで癇癪(かんしゃく)を起した時は、おさまるまで静かに見守っていたそうです。

そういう弟子をなだめる穏やかな大人の感覚がかっこいいですね。

 

悲鳴嶼行冥の見た目ですが、大正時代の日本人としては規格外である2メートルを超える恵まれた長身(現代でも規格外になりますが)で、「天与」と言うべきレベルの身体能力を、特別な修練を積んでいなかった18歳以前の時点で持っていたというところもかっこいいですね!

鬼殺隊入隊後は、鬼殺隊の中にあって最も過酷なとして、8年もの期間強靭な鬼と戦い続け、肉体と戦術を命懸けで研ぎ澄ませてきたところもかっこいいとしか言いようがありませんね。

自身に対しても、常日頃から壮絶な鍛練を課してきた悲鳴嶼行冥の肉体は、人類として最高峰と呼べるまでに至っていたようです。

また悲鳴嶼行冥は、鬼殺隊の柱の中でさえ腕相撲で1番だそうです。

身体と力に恵まれなかった同じ柱の胡蝶しのぶからは、悲鳴嶼行冥が助けに来てくれた時にその巨体を見た瞬間に安心感を覚えたと言っています。

盲目で戦うという不利な条件下で、百戦を経て練磨されてきた悲鳴嶼の戦闘力は、頂上戦に於いても冴えわたっていました。

また悲鳴嶼行冥は、指揮官としても超一流の域です。

上弦の壱・黒死牟との戦いで無一郎実弥が苦戦をしていたのに対して、悲鳴嶼行冥は互角に戦っていました。

そしてその鍛え上げられた肉体や、巨体に似合わぬ俊敏さに、上弦の壱・黒死牟をもってしても素晴らしい。ここまでの剣士は300年ぶりと言わしめています。

やはり、強い男は全てがかっこいいということですね。

【鬼滅の刃(きめつのやいば)】悲鳴嶼行冥がかわいい?

鬼滅の刃 吾峠呼世晴/集英社より引用

悲鳴嶼行冥は、過去の経緯から警戒心や猜疑心が強い性格となってしまいました。

鬼に対してだけでなく『子供』に対しても、無邪気で無垢だからこそ、無情で無慈悲である」「自分を守るためなら平気で嘘をつき、平気で残酷なことをする我欲の塊という考えを持つようになりました。

柱合会議での、炭治郎に対する悲鳴嶼行冥の発言の「鬼に取り憑かれた子供だから殺してあげよう」も、「子供であるが故に鬼という危険な存在に感化されてしまったのでは?」という考えが推測されます。

もう一つ「いずれは鬼になったり、鬼と共に悪事を働くだろうから殺そう」という発言も、自身の経験に基づく考えが原因であると考えられます。

 

しかし悲鳴嶼行冥はその後、自分を裏切った沙代の事もあの緊迫した状況の中で気が動転してしまったが故の行動であろう」「子供はいつも自分のことで手一杯だと考え直しています。

やはり、元からあった優しさや慈悲深さは見失っておらず、自身の価値観から考えれば嫌いになるはずの過去を持つ玄弥を弟子にしたり、常に真正面から向かって来て努力を重ねていく炭治郎に対しては心を開き認めています。

大人になっても、こういう真っすぐな考え方が出来るところにキュンとしてかわいい所を失っていないな!と好感が持てますね。

 

悲鳴嶼行冥は、普段からとにかく何かと涙を流しているが、これは悲鳴嶼行冥が人より感情が敏感で細やかということですね。

例えば母親と子供が手を繋いで楽しそうに歩いている様子を感じただけで感動したり、ゴミが散らかってるのを感じて悲しくなったりするなどですね。

 

話は変わりますが、悲鳴嶼行冥は猫好きで、自宅でも飼っているらしく同じく猫好きの甘露寺蜜璃とは猫談義で度々話が盛り上がるらしいです。

そんなところ、やっぱりかわいいですね^^

【鬼滅の刃(きめつのやいば)】悲鳴嶼行冥の足はどうなった?

鬼滅の刃 吾峠呼世晴/集英社より引用

192話では、死闘の末に悲鳴嶼行冥は左足を切り落とされてしまっています。

他の柱たちも、建物にめり込むように叩きつけられ、血まみれで意識を失っています。

悲鳴嶼行冥だけでなく、柱ほぼ全員が体の部位を欠損するレベルの負傷をしています。

ということは、今後戦っていくことは難しい状態ですね。

また柱全員が痣を発現させており、寿命が残り少ないということも判明していますね。

すぐに全員が死亡することにはならないと思いますが、それでも重症さを考えると数人はこの戦いで死亡してしまうかもしれません。

または今後戦線離脱してしまう柱もいそうですね。

悲鳴嶼行冥はどうでしょうか?

愈史郎の薬は、腕や足を生えさせることまでは無理なんでしょうかね。

タイトルとURLをコピーしました